「古ヘ、イエル事アリ、語典ニ渡ラサルハ、智者ノ所談ニ非スト」(塩山和泥合水集) |
「甚九郎」と「スリッパ」 |
「土木語典」今回の話題は「「甚九郎」と「スリッパ」」です。
私は土木工事現場から離れてかなりの時間がたつので,現在でも使われているのかどうかは定かではありませんが,新入社員の時印象に残って今でも忘れない言葉があります。そのうちの2つが今回の話題です。
甚九郎(ジンクロウ)
私の最初の現場は機械掘式圧気シールド工事で,残土搬出やレール等の運搬にはバッテリー・ロコが使われていました。
レールは当たり前ですが直線なので,曲線部では曲げ加工が必要になります。断面の大きな(単位重量の大きな)レールは工場で加工しますが,小さなレールは現場で加工します。
私の現場では15kg/mレールであったので,現場で加工しました(歩掛上は,当時の文献によると15kg/mと22kg/mがあったようです。(「《改訂》シールド工事の施工と積算」(財)経済調査会 1989年)p516表V-17など)。その加工工具のことを「甚九郎」といいます。
当然のことと思いますが「広辞苑」や「土木用語大辞典」,あるいは「トンネル用語辞典(昭和62年3月 土木学会)にも載っていません。
写真があればよいのですが,ありませんのでこのサイト(1)の写真を参考にしてください。いくつかのWebで見ることのできる「辞典」の類のうち,「建設用語辞典」(2)では,【レール1mの重さが22kg以下の軽レールなど比較的軽い軌条類を曲げたり、また曲 がりを直す工具。】 としています。(1)で見当がつくと思いますが,両側の腕にレールを挟み,中央のジャッキで押すことにより,ゆるく折り曲げて曲線にする道具です。
さて,こうした工具の名称がなぜ日本語の「甚九郎」なのでしょうか。(1)のサイトでも一言ありますが「ジム・クロウ」という人名から来たという説があり,前回触れた「建設業慣用語集」でもその説明,「Gim-Crowがその語源である。」という記述があります。しかしながらWikipediaの「ジム・クロウ」を参照しても関係があるという記述はありません。
英語のことですから「増補版 土木和英辞典」(小林康昭,勝見健著 近代図書株式会社 2000年5月第10版)を引くと,215ページ(10-10 運転・稼働・修理(Operation
and Repairs))には「ジンクロー screw rail bender」とあります。また,249ページ(11-9 トンネル工事(Tunnelling
Work))では「ジンクロー jim crow(俗),rail bender」とあります。これでは語源まではわかりませんが,「ジム・クロウ」は俗語であるとしています(「ジム」が「Gim」ではなく「Jim」であれば,先のWikiの説明と何らかの関係がありそうですが)。なんとも中途半端ですがここで行き詰まり,宿題となりました。
この記事を書くために,いろいろ文献をあさっていたのですが,これというものにはお目にかかれませんでした。一つだけ「関門隧道」(運輸省下関地方施設部 昭和24年3月31日発行)という(640ページもある分厚い本)工事誌の67ページ「第二編第二章第七節運搬設備」に【(5)運搬線 運搬線に使用した軌条は15瓩で,軌間は坑内外共に610mmとした。】という文章を見つけました。執筆者(「本工事誌の編輯には,主要な工事担当者の殆ど全部が当たった。」と「序」にあります。)の,細部まで記録して後世に残すのだという気迫が感じられました。
スリッパ
もう一つは「スリッパ」です。これはそのものずばりレールの履物,枕木です。「コトバンク」には,「枕木(読み)まくらぎ(英語表記)sleeper」とあります。
説明には【レールを固定して軌間を一定に保持するとともに,レールから伝達される列車荷重を広く道床に分散させる働きをする軌道の構成部材。ただし,最近ではコンクリート製が多くなったため「まくらぎ」と表記することが多い。枕木にレールを固定する部材を総称してレール締結装置という。(以下略)】とあります。
Webサイト「語源由来辞典」には【スリッパは、英語「slipper」からの外来語。「slipper」は「滑る」を意味する「slip」から生じた語で,滑らすように履けるもの,紐がなく,容易に履けるかかとの低い室内ばきのことで,上履き全般を意味する。】とあります。
もちろん「枕木」を先の「増補版 土木和英辞典」で引けば,271ページ(12-3 鉄道 Railways)では「まくら木 sleeper,tie,skid
tie,ground beam」とあります。和英辞典ではsleeperは英語でtieは米語だとの記述もあります。明治時代に主としてヨーロッパから鉄道技術を導入したわが国では,sleeper=スリッパ=枕木となったことが想像できます。しかし,北海道ではアメリカからの導入が主だったようですが,果たして何と呼んだのでしょうか。
本文とあまり関係はありませんが,コレクションの中から復元された旧新橋駅のゼロ距離ポストとレールとレールクリップ,枕木の写真を載せておきます。
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正面がゼロ距離ポスト。枕木に固定されたレールが一部復元されています。 |
前回の「猫車」もそうですが,土木現場で使われていた工具類は,今になってみるといつの間にか姿を消していたりして,文献をたどってもなかなかわからないことがあります。その逆で,現在でも身近なものの代表に,明治期に国産された「金象印のスコップ」などがあります。いつか書いてみたいテーマです。
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2022.12.28 2023.12.08 改訂 |
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