土 木 語 典 

 「古ヘ、イエル事アリ、語典ニ渡ラサルハ、智者ノ所談ニ非スト」(塩山和泥合水集)
ね こ 車 
 「土木語典」今回の話題は「猫車」です。「ねこ車」あるいは単に「ねこ」と呼ばれる一輪車に代表される運搬車のことです。

 土木学会企画委員会のサイトに,「土木用語に見られる身近な生き物(ネコ)」という記事があります。短い記事ですが,その一部を引用します。なお,ほかの動物としては,トンボ,とび(鳶)があげられています。

 【ネコとは、土砂や練り上げたばかりのコンクリートなどの資材を,人の力で運搬するための道具です。「一輪車」や「手押し車」という呼び方が正式なようですが,工事現場では「ネコ」や「ネコ車」と一般的に呼ばれます。逆さに伏せるとその姿が丸まったネコの背中に似ていることからネコと呼ばれる説や,猫が通るような狭い場所を通ることができることからネコと呼ばれる説などがあります。】
     

 上の写真は,このネコで,実際に現場で使われているところを私のコレクションから探し出したものです。工事写真の撮影の際は,こうした道具類にはほとんど意識を向けないので,工事写真に写っていることは稀です。

 先の引用にある【猫が通るような狭い場所】とは,【猫足場 ねこあしば(cat way) 猫車の通る仮設足場。一般に,人力による簡易作業用の仮設通路状の足場をいう。(「土木用語大辞典」1999年2月15日1版1刷 公益社団法人土木学会)】のことです。

 また,同書には【猫車 ねこぐるま(wheelbarrow; buggy; concrete buggy) 工事現場において主にコンクリートを小運搬するための手押し車。一輪車のものは50〜70L程度,二輪車のものは100〜150L程度の容量のものが多い。単に猫ともカートともいう。】という説明もあります。

 土木学会の記事に戻ると,手押し一輪車の名称がなぜこのような動物の「猫」になったかの語源の説明はごく簡単に触れられただけです。

 そこで当コラムとしては少し深堀りしてみることにしました。

 まず,定番としてフリー百科事典Wikipediaを読んでみます。内容の信頼性は玉石混交ですが,何かの手掛かりになることが多いのでよく利用します。

 すると,語源の引用元として「人力による運搬組立て工法の手引き」(平成24年3月10日 一般社団法人日本造園組合連合会)が挙げられていました。
 この中には,「玉掛けの基本」「重量物の運搬法」「施工時の重量物の移動と組立て」があり,図や写真入りで易しく読めて有意義です。

 「猫」については「重量物の運搬法」で触れられており,「一輪車(猫車,猫)」として説明されています。そこに次のような囲み記事があります。

 【一輪車はなぜ「猫車」と呼ばれるか?
土砂やセメントを運ぶ手押しの一輪車のことを通称「猫車」あるいは「ネコ」と呼ぶが,その語源は諸説ある。
主な説は以下の通りである。
@建設用語で狭い足場を猫が通るような足場の意味で「猫足場」といい,そこを通ることができる車なので「猫車」と呼ばれるようになった。
A漆喰を練った「練り子」を運ぶために用いられたので,略して「ネコ車」になったとする説。
B逆さに伏せると丸まった猫の背中に似ていることから,「猫車」と呼ぶようになったとする説。
C猫のようにゴロゴロと音をたてることから,「猫車」と呼ぶようになったとする説。
このうち,最も有力と考えられているのは,@の「猫足場」の説である。ちなみに英語でも狭い通路を“catwalk”という。】

 これで決着がついたのでしょうか。

 Wikiにもう一か所,「しかし,いずれも根拠が薄いともわれており語源ははっきりとしていない[5]。」との記述があります。
 そこで,この[5]「猫車の真正の語源について」を読んでみます。

 この論文は「安田女子大学 現代ビジネス学会誌 2016年度 Vol.5 」に掲載されており,同大教授の水谷昌義氏(数理経済学,ゲーム理論,計算機理論,近代交通史,博士(工学))の論考です。
 「まえがき」に【本稿では,信頼できる根拠から,猫車の語源の確定を提案する。そして,安易な語源の氾濫に終止符を打つことを目的とする。】とあります。では,中身を見てみましょう。
 本論の「説1」から「説4」までは,前掲の説と同じです。

 以下,次のように続きます。

【 説5.猫車を押す様子が猫の後ろ足を持って前足で歩かせる形に似ている ことによる。
 説6.曳手が猫の手のように曲っている所から生じた名称。
 説7.手押車の柄の形状がネコの尻尾に似ているところからこのように呼んだ。
 説8.取っ手を持つ手が猫の手のように見えるから 。】

 そうして,「説6.」が
【この説であれば,1 輪でも 2 輪でも,器があってもなくても,ゴムタイヤであってもなくても,いずれの場合でも通用する。 柄が鉄パイプである現在のものでは、 木製の場合よりも強度があるからパイプ径を細くできるので,プラスチックで製造した部品をパイプの上に被せることで使いやすい握り部分を形成している 。それゆえ,猫の手の形は連想しにくくなっている 。】
との理由で適当であると結論しています。

 筆者としては,なんだか拍子抜けの結論です(猫の手には見えないし,手があって足がないのでは動物の名をつけた意味がないなどが理由です)。

 しかし,これ以上は追求してもあまり益がないような気がしますので,語源に関しては終わりにします。

 話は飛びますが,筆者が半世紀以上前,建設業界に入職したとき,会社によって配布された「建設業慣用語集」という冊子が手元にあります。思い立ってそのなかの「ねこ」という語を引いてみました。次のようにあります。
【ねこ
(1)コンクリート運搬用の小型二輪車または一輪車のこと(ねこ車という)。
(2)形鋼と形鋼の交叉(こうさ)部の取付,接合用の鋼材の小片。
(3)トンネル工事において,アーチコンクリート最上部をうつときに使う板切をねこという。その打ち方をせめねこという。
(4)一般に母材をとりつけて種々の役目をさせる補助的な小片のことをいう(鋼構造,木構造とも)。】

 話がかなり広範になりつつあります。(2)〜(4)では,一輪車とは全く別のようです。上記の「説6.」も危うくなってきました。おそらく「ねこ」と「ねこ車」とは語源は異なっていたのではないでしょうか。

2022.12.07 2023.12.08 改訂

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